【特別企画】社長対談

「中国・台湾でのビジネスについて」
元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏 Vol.2(全3回) 2024.02.22

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元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏氏にお話をうかがう第2回。
今回は、中華圏でのビジネスについてお話を進めていきます

【特別企画】社長対談 ゲスト小野元生(おのもとお)

華新麗華ウォルシンジャパン代表
元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表

1982年、三井物産に入社、鉄鋼製品本部配属。

1984年、台湾師範大学で1年半の語学研修後、鉄鋼製品本部に帰任。その後、中国及び台湾での駐在を含め、合計で19年以上の海外勤務経験を積む。米国ペンシルベニア大学ウォートン校での留学を経て、経営企画部業務室長やエネルギー鋼材事業部長などを歴任。常務執行役員人事総務部長を務めた後、専務執行役員として東アジア総代表に就任。北京駐在中には中国日本商会の会長も務める。

三井物産顧問を経て、2023年から華新麗華ウォルシンの日本代表などを務めている。

小野元生さん
  1. Vol.1「海外で仕事をする楽しさと難しさ」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.1
  2. Vol.2「中国・台湾でのビジネスについて」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.2
  3. Vol.3「グローバル人材に求められるもの」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.3

中国と台湾、似ているところ違うところ

ー 須毛原

小野さんは、中華圏の中で、中国と台湾という異なる場所に駐在されていらっしゃいました。

日本人にとって、同じ中国語圏であっても、台湾は親しみやすいと感じる一方で、中国は理解しづらく、アプローチが難しいと捉えられることが多いように感じます。実際に当社がサポートする日本企業の中にも、中国市場の複雑さから、進出先として台湾を選ぶケースが見られます。

率直にお尋ねしますが、中国と台湾では、ビジネスの進め方やコミュニケーションの面で顕著な違いがあるのでしょうか。

ー 小野

言うまでもなく、根は一緒の中華文明の中国大陸と台湾ですから、風俗習慣や文化的価値観など、共通の部分は大変多いですね。私は大陸で北京/上海、台湾で台北/高雄と、家族と共に夫々8年以上の駐在経験がありますので、どちらに居てもat home感を感じますし、夫々の良さを知っています。ただ、政治体制が共産党一党の社会主義共和国体制と議会制民主主義体制と大きく異なりますので、台湾の空気感の方が日本と何ら違和感が無いと感じます。

そして、過去100年間の歴史に起因する日本と関係性が双方で大いに異なることから、一般的な対日感情含め、日本企業が進出したり、駐在して生活を送ったりする際に大きな差異があるのは多くの方もご承知の通りと思います。

現在の台湾には日本統治時代に功績のあった日本人を顕彰する銅像や記念碑などが多く存在しており、この時代を全否定するような歴史的解釈は見られないと言ってよいかと思います。ペスト、マラリア等の疫病蔓延を駆逐した堀内次雄氏、南部で大規模ダムと水路により治水を推進した、台湾人では知らない人はいない八田與一氏等、農業発展、水力発電所建設、教育制度等、台湾の発展に寄与した日本人は現在の台湾でも功労者として称えられています。台湾は本当に親日知的な方が多いですね。食文化的にも多くの日本人にとって受け入れやすく、大変住みやすいと思いますし、仕事を進める環境としても最も抵抗感を感じにくい海外ではないかと思います。

無論、大陸、台湾双方共に、日本とは様々な負の歴史がありましたから、今を生きる我々としても、歴史を鑑として過去には謙虚に向き合う姿勢が大切であるのは言うまでもありません。

他方、大陸の方々が皆反日的でお付き合いするのが難しいかというとそんなことは全く無く、親日知日の方が本当に沢山いますし、私自身も仕事関連のみならず、プライベートの多くの良き友人がいます。ただ、政治体制が共産党一党独裁であり、最近とみに国家の安全=党の安全が最優先事項となって来ていることから、これにマイナスとなる可能性のある発言や表現の自由に制限が加えられたり、街のいたるところに監視カメラが設置されていたり、国有企業が民間企業に優先される事象が見られたり、又、反スパイ法による邦人拘留に透明感のある説明がなされないケースがあったりすることに、不安感を覚える方が多い事も否めません。

さらに、中国と米国の政治的経済的な摩擦を背景として、先進技術等に関連するビジネスには外国企業として踏み入ってはいけないといった経済安保的な考量が必要な分野が出てきています。これらの経済活動には制限が出てくることも留意すべき点かと思います。

ー 須毛原

私は、日頃お客様から「中国の商習慣の特殊なところを教えてほしい。」と言われるのですが、中国と台湾で商習慣の違いというものはありますでしょうか。

ー 小野

先ほども申し上げましたが、台湾は過去100年くらいの間、日本の文化との融合をしたような時代があったこともあり、日本人のものの進め方と似通ったところがありますね。そういう部分は中国にはないような気がしますが、かといって中国と台湾の商習慣が全く違うということはないと思いますね。

ー 須毛原

そもそも海外で仕事をすることはチャレンジングなことですし、リスクもあるのは当然だと思います。ですが、メディアから入ってくる情報などによって、中国はよくわからないところでわからないことが起こるのではないかといった考えを持たれる日本企業の方も多く、だから中国より台湾でと思われたりします。

ー 小野

その点については、進出を考える企業の方が、どういう規模感で何を誰にどういうために、という目的を描く時に、台湾の市場の方がよいと思えばそれでいいでしょうし、規模的に言うと2500万人の国と14億人の国ですから大きな差がありますので、ビジネスに適した規模感を選択すればよいのではないでしょうか。

ビジネスの世界では密接な関係の中国と台湾

ー 小野

ここで私からお伝えしたいのは、日本人が余り着目していない中国と台湾の人的交流の多さと深さです。あれだけ政治面での厳しいやり取りをしながらも、台湾企業の多くが大陸内に工場を持ち、日常的に生産販売貿易をしていますし、台湾企業の大陸での雇用創出力も大きい点です。例えばシャープの親会社であり、任天堂やソニーのゲーム機やiPhone、iPad等を中国で製造している台湾のフォックスコンは、中国9都市に13工場を有し、100万人以上の雇用を創出しています。

台湾から中国への訪問、出張は「同胞証」という一種のフリービザがあり、行き来が自由で、台北-上海は2時間、直行便が頻繁に行き来しています。(逆に大陸から台湾への訪問、出張は正式な手続きが必要ですが。)

政治的な対立ばかりが報道されているのとは異なる、もう一つの中台の密接な関係にも冷静に着目する必要があると思います。ビジネス視点で見る際には中国、台湾の二者択一というセンスは全く不要と私は思います。

ー 須毛原

なるほど。我々が日常触れる報道などでは、中国と台湾の対立的な部分に目が行きがちですが、ビジネスの世界では思っているよりも両国の関係は悪くないのではないかと私も感じています。

日本企業にとっての中国市場とは

ー 須毛原

さて、昨今、中国経済の減速が進む中で、日本企業の間で中国からの撤退や事業縮小の動きが目立つようになっています。この状況を踏まえ、日本企業にとって中国市場が今後どのような役割を果たすとお考えでしょうか。

ー 小野

2001年のWTO加盟以降の四半世紀に亘り、中国経済は世界経済を牽引してきたと言っても過言ではないと思います。2007年のGDP成長率は14.35%と突出した数字でした。これを最後にその後は一桁成長に入って行きますが、2008年の世界金融危機の際の4兆元刺激策は(一部で財政出動過多との批判もありますが)、極めて見事な対応で今でも記憶に鮮明です。しかしながら、ご指摘の通り、ここにきてその牽引力と経済運営のシャープさに、はっきりと陰りが見えます。2016年にトランプ政権の対中貿易政策が始まり、その後もコロナ禍から2020年は2.24%成長へ、2021年は反動で8.1%と戻りましたが、2022年は極端なロックダウン政策もあり、サプライチェーンの分断と消費の落ち込みを招き3%成長に落ち込みました。23年はその反動から、表向き5.2%という数字にはなりましたが、デフレと人民元安もあり、ドルベースでの名目GDPはマイナス成長との分析もあります。

李強首相のダボス演説とは異なり決して経済は好調とはいえず、来年以降も5%を回復する筋道は険しく、楽観視は出来ないと思います。これまでの成長の要であった、不動産開発の不振、限界に達しつつあるインフラ投資、民営企業の業績回復の遅れなどからくる民間消費の自信喪失がその原因です。土地使用権収入激減の地方政府債務増大も心配です。

家計における不動産投資比率が70%と高い点が消費熱を抑えることに繋がっており、マクロでみた場合は、若年層の失業率上昇、これは全国の失業率の約3倍である14.9%と先日公表されました。貧富の拡大、人口の減少による国民の社会保障負担の増大も将来の懸念材料です。

また、反スパイ法の拡大解釈適用を嫌う外資の投資欲の減退も観察され、昨年の第三四半期には統計で遡れる1998年以来のFDI(海外直接投資)がUSD100億のマイナス、2023年通年でも前年比8%減少に転じたのはショッキングな数字です。外資企業数は全体の3%と多くはありませんが、貿易貢献は40%、税収貢献が16%、雇用貢献が10%という数字があり、やはり外資の信認を取り戻す事が重要であり、民営企業への規制緩和も含めた改革開放路線への回帰が、寧ろ国家安全維持、回復への近道になるのではないかと敢えて指摘したいと思います。

但し、逆説的になりますが、今申し上げましたのは、あくまでマクロ経済全体の動きです。日本企業が各論でビジネスを進める上でより現実的で重要と思うのは、中国には貧富の差が大きい、つまり、まだまだ「豊かさ」への成長余地の大きい14億人の人口が存在し、GDPが日本の約4倍規模の経済がしっかりとプラス成長を継続するということ、来年度はIMF、世銀共に4.5%前後の成長率予測ですが、日本の0.9%、米国の1.6%と比べてみてください、そういった大きな機会があるという事実を冷静に見つめ直す機会が到来しているということです。

現在の中国の直面している様々な問題は「課題先進国」として日本が既に経験済みの課題に他ならず、ここ数十年の時間をかけてその解決策を具体化してきたポイントが少なからずあると思います。ビジネス機会と申し上げましたのは、この点です。中国の消費者は、今は自信を失いつつあると言いましたが逆に言えば、慎重に良いものを見極める消費、価格競争力が高く、品質の良いモノを求める選球眼の厳しい消費をするという、以前の「爆買い」を超えた賢い消費行動に向かっているということです。

環境意識、社会への意識、企業統治への意識は10数年前に比べ明らかに高まっており、生活の質に対する意識も違ってきている。環境、健康、シニア、医療、未病、食の安全、脱炭素のグリーン関連ビジネス等は一時の流行ではない確かな成長分野として、日本企業の持っている技術、ビジネスモデルのノウハウを売り込んでWinWinの関係を樹立していくチャンスだと思います。無論、米国との関係の中で、先進技術に関連する経済安保的な分野に注意は必要ですが、欧米企業のしたたかな行動もしっかりと分析しながら、日本の強みで勝負していくという視点が今こそ求められると感じます。今後とも日本経済、ビジネス界にとって、短期での浮沈はありましょうが、将来に向けて確固たる重要性を保持することは論を待たないと思います。

ー 須毛原

今のお話の中にありました中国経済の浮沈についてですが、現在の厳しい状況から回復するにはどのくらいの時間がかかると思われますか。

ー 小野

1年とかその程度では厳しいのではないと思います。不動産が一番大きな気がします。不動産がGDPの30%を占めているという話もありますので、ここがしっかりしてこないと消費全体やそれを支えるモノづくりに対する自信が出てこないと思いますね。マクロの経済の回復にどの程度かかるかというのは非常に難しいですが、この1年は厳しい、では来年のいつ頃というのもはっきり見えていないのではないでしょうか。

ー 須毛原

マクロ的には中国経済の回復の見通しは厳しいとは思いますが、14億人という大きな市場ですので、その中で一定の業界、例えば環境・健康・シニア・医療・カーボンニュートラル関連などにおいて優れた技術をもった日本企業にはチャンスがあるということですね。

ー 小野

そうですね。先ほども申し上げましたが、中国の14億人には貧富の差があり、貧しい人はもっと良い暮らしをしたいという上昇志向を持っています。そこにきて現在の中国経済の減速は、ある意味日本企業には追い風の部分もあり、中国経済が良い時は自国でいろいろなものを作り出していきますから例えば日本からいろいろなものを売り込んでもなかなか入り込めないようなところもあったと思いますが、中国経済が苦しんでいる今、課題先進国としての日本の強さとか魅力とか優れた技術や経験について中国の人が理解できる状況になってきているチャンスでもあると思います。

昨日(2024年1月29日)、中国政府の報道官が日本人のビザなし渡航再開を真剣に検討する旨の発言をしましたが、これは、日本人が「ありがたい」と思うと同時に、中国側が日本のビジネスマンに戻ってきてほしい、来てほしい、ことの表れだと思います。

中国経済の減速は大きな影を落としていますが、それでも日本の約4倍のGDPを持つ14億人の中国市場が日本企業にとって魅力的なことには変わりありません。

中国経済が足踏みしている今だからこそのビジネスチャンスは、社会問題解決領域の業界を中心に多くひろがっています。

中国と台湾については、政治的な対立に目が行きがちですが、経済的な繋がりは我々日本人が思っているよりも緊密であるということにも目を向けたいと思います。

次回は、小野さんの人事畑でのご経験からグローバル人材に求められるもの、そして、海外進出を目指す日本企業の皆さんへのメッセージなどをお伺いします。

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