【特別企画】社長対談

「グローバル人材に求められるもの」
元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏 Vol.3(全3回) 2024.02.29

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元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏にお話をうかがう第3回。最終回の今回は、小野さんの人事畑でのご経験から、グローバル人材に求められるものについて、そして最後に皆様へのメッセージを伺います。

【特別企画】社長対談 ゲスト小野元生(おのもとお)

華新麗華ウォルシンジャパン代表
元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表

1982年、三井物産に入社、鉄鋼製品本部配属。

1984年、台湾師範大学で1年半の語学研修後、鉄鋼製品本部に帰任。その後、中国及び台湾での駐在を含め、合計で19年以上の海外勤務経験を積む。米国ペンシルベニア大学ウォートン校での留学を経て、経営企画部業務室長やエネルギー鋼材事業部長などを歴任。常務執行役員人事総務部長を務めた後、専務執行役員として東アジア総代表に就任。北京駐在中には中国日本商会の会長も務める。

三井物産顧問を経て、2023年から華新麗華ウォルシンの日本代表などを務めている。

小野元生さん
  1. Vol.1「海外で仕事をする楽しさと難しさ」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.1
  2. Vol.2「中国・台湾でのビジネスについて」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.2
  3. Vol.3「グローバル人材に求められるもの」元 三井物産株式会社専務執行役員東アジア総代表 小野元生氏Vol.3

「人の三井」といわれる三井物産の人事総務部長として

ー 須毛原

小野さんは、鉄鋼製品を中心とする事業経験とともに、全く畑の違う「人事」にも携われました。事業部から人事へご担当が変わられる際、どのようなお考えをお持ちでしたか。

ー 小野

人事総務部長への異動辞令は青天の霹靂で大変驚きましたが、困ったなという感覚は無かったですね。「人の三井」と言われることがありますが、恐らく100人の社員に聞いたら、100人全員が「三井物産は人が唯一最大の財産」と答えるでしょう。総合商社は自らが主体となり生産設備を持ってモノづくりはしていません。貿易にしろ、事業投資にしろ、ビジネスは最終的には取引先との信頼関係の積み重ねを通じて人が創る価値です。一人ひとりの「個の強化」や「適材適所」の人の配置は、営業現場での経営にいても最優先の課題でしたから、これを全社ベースで展開すれば良い、としっかり受け止めることが出来ました。社内にはどんな人材が揃っているのか、また、ビジネスを成功に導くには誰にどの様な力を身に着けて貰うべきなのか、そのための組織設計や、査定システムや、報酬分与はどうするのが一番有効なのか等々、営業室長や部長、現地法人の社長を務める中でも常に考えていた重要課題でした。三井物産という会社は、歴代人事総務部長は営業部長出身の役員が務めるのが習わしでした。同じ総合商社でも人事部入社の人事のプロが人事部長になるのが不文律という多くの同業他社とは異なるのも、大きな特徴の一つで、人事の責任者は営業現場に近い指揮官たれという思想、伝統かと思います。減点主義ではない、失敗を恐れずに挑戦しようという姿勢の浸透が人事部長としての大きな使命だと思っていました。

ー 須毛原

実際に人事総務部長になられていかがでしたか。

ー 小野

実際には、三井物産の人事総務部長の職務は、丈夫に生んでくれた親に感謝しなくてはいけない程の超激務と言って良く、経営会議や投融資委員会、情報戦略委員会、ダイバーシティー、サステナビリティー委員会、財務ポートフォリオ委員会、懲戒委員会、報酬委員会や指名委員会等々、社内の委員会の全ての委員ですから、1日10回の会議と面談という様な毎日でした。昼食は毎日弁当会議、全社的な人事ローテーションの枠組み策定からその具体的な実行、新人採用から育成プロブラム策定と運用、シニア再雇用対応、人事制度改革、労働組合との対話、交渉等々、今思い出しても本当に椅子を温める時間も余裕もありませんでしたが、最重要の「人」の仕事に深く関われたのは、大変充実した得難い時期であり経験でした。「挑戦と創造」「自由闊達」「人材主義」という三井物産でよく使われている伝統的な言葉を、どうやって組織に、社員に浸透させて生かし続けられるかということを人事の仕事を通じて具現化するかというミッションでした。

私は山梨県甲府市の生まれですが、戦国武将の武田信玄は「人は石垣、人は城(情けは味方仇は敵)」として大きな城郭を持ちませんでした。商社だけではなく、様々な業種の企業にとり、人が最重要であることは疑う余地もありません。「人が仕事を創り、仕事が人を磨く」。三井物産で長く語られる先達の言葉があります。この弛まぬ連続性の中に、企業の成長があり、その中心にあるのはやはり「人」なのです。

ー 須毛原

おっしゃる通り、業種は違えども企業にとって何より重要なのは「人」であると私もこれまでの経験から実感しております。どんな技術や製品やサービスでも、それを生み出すのは人なのですから。

グローバル人材に求められるもの

ー 須毛原

さて、ビジネスの世界では、グローバル人材の育成・活用や多様性のあり方について、近年一層注目が集まっています。

まず、グローバル人材とは、具体的にどのような特徴を持ち、どのような資質が必要とされるとお考えでしょうか。

ー 小野

近年、各国の政治、経済、カルチャー、宗教対立、地政学リスク等の事象が複雑に絡み合い、様々な事象の相関性が高まってきているという意味では、科学技術の進歩も相まって、地球のダウンサイジングが加速化しているとも言えると思います。その様な環境下、資源の多くを海外に頼り、社会の成熟化が進み、市場規模も限定的な日本にとり、世界で活躍できるグローバル人材の育成は待ったなしの重要課題であろうと思います。

グローバル人材に求められるものとしては、英語ないし現地の言葉が上手い、貿易知識が豊富といったスキルも大変大切だと思いますが、それに留まらず、変動が激しく予測が困難な社会になればなっていく程、現場で何が起きているのかを自分の目で確かめ、生の情報に自ら触れ、様々な人とface to faceで話をする姿勢、場を自ら経験しようとする姿勢が欠かせません。自分で足を運び、匂いや空気といったものを自分の五感でしっかりと感じ取る現場感覚が益々重要になってくると思います。

それには、常にアンテナを張り巡らせながら、頭の中に自らの世界の座標軸を持っておくことです。そうすることで物事を世界規模で考えることができ、好奇心と探求心を持って、主体的に世界と関わって行く意識が高まります。

日本の中に留まっていては成長は限られます。世界に挑むつもりで自ら飛び込んでいく意識改革が大切になってくると思います。各企業は「多様なプロ人材」をモットーに人材育成をしていくということだと思います。そのためには、地域や業界、商材についてスペシャリストとしての「専門性」を高め、Tの字の縦軸、柱を太くしていくと同時に、教養や経験、多様性を尊重する人間としての厚みなど、ジェネラリストとしての「人間力」である、T字の横軸、梁(ハリ)も太くしていく事も重要と思います。

すこしロングスパンの話になりますが、こうした人材育成のためには、大学時代のリベラルアーツ教育を通じた人間形成、文学や歴史、思想、哲学の学習を通じ、海外のことは勿論ですが、先ずは日本を、アジアを知る、自らを良く知るというところも大変重要なグローバル人材の土台だと思います。この部分は企業というよりは「グローバル人材」を意識した、社会、大学などの高等教育にも期待したい部分です。

企業における多様性とは

ー 須毛原

では、三井物産においては“多様性”がどのような意味を持ち、どのような取り組みをされていらっしゃるのでしょうか。

ー 小野

Diversityは、日本企業では狭くは女性の活躍推進的な意味合いで使われていた時期もあったかと思います。もちろん今でも、より多くの女性の活躍の推進は大変重要なテーマです。1986年の男女雇用機会均等法施行後の92年に初めての女性一般職採用を始めた三井物産でも、昨年度に漸く物産新卒入社、所謂、生え抜きの女性総合職から執行役員が誕生したばかりという段階にありますが、今では新人一般職採用の約100名の内30%以上が女性になりました。また、今般一般職と事務職という区別も廃止されることになりました。自分が東アジアの代表時に、三井物産中国は既にこれに先駆け、一般職、事務職の区別は廃止した経緯があります。また、社外取締役に女性、外国籍の方が複数名入り、取締役会も英語になりました。

先ほど、「生え抜きの」と言いましたが、私自身は、生え抜きに拘る必要は全くない時代にあると考えています。多様性は、ジェンダー、宗教、キャリア等文字通り様々な価値観での多様性であるべきです。実際、三井物産は年間約50名の中途採用をここ10年近く継続していますが、同業他社はこの規模感では実施していません。

人材ポートフォリオ(全社の人員適正配置)の観点から、縦割りと称される総合商社の部門間異動も、例えば、エネルギー部門から食料部門への転換など、それまでの慣習を打ち破り、年間100人規模で実行してきました。これこそビジネスの多様化を推進する総合商社の人材多様性の追求であり、先程お話した太い縦横のT字型人材、また、専門性を複数持つπ字型人材の育成、異質の文化を持つキャリア採用が組織を活性化させ、強くしていくことを期待しての施策です。海外店の店長、部長クラスに現地の優秀人材を抜擢していく動きも近年加速しています。

2015年、人事総務部長になった際の社員向けのメッセージでは「「人の三井」の人を元気にする事で、当社グローバルグループの人財力を最大化すること、それを通じて組織の力を極大化すること、社員一人ひとりに元気が漲り、笑顔が溢れるような仕事環境と制度を確り整えること。」と発信しました。

また、「当社の人材資源は様々な雇用形態が有り、国籍も多岐に亘っています。グローバル経営、ダイバーシティー推進を人の面から大いにサポート、リードしながら、社員の皆さんと共に人間としての無限の可能性を追求していきたいと思います」と結びましたが、これら改革に終わりはなく、後進には、更なる高みを目指して続けてほしいと願っています。

日本の優れた技術やアイディアを世界に

ー 須毛原

ここに来て、政府は日本企業、特に中小企業の海外展開を支援するプログラムを数多く実施しております。

当社も日本企業の海外展開をご支援する機会が増えてきているのですが、皆さん、未知への挑戦に大変苦労されています。

長年三井物産にて海外事業に携わっていらっしゃったご経験を通じて、日本の中小企業の皆様へ、小野さんから励ましのメッセージをいただけますでしょうか。

ー 小野

日本の様々な分野の産業には、多くの世界には無い優れた技術や、ビジネスのアイディアが沢山あると思います。是非それらを、日本という限られた市場だけで考えを止められずに、大きな「世界」へ打って出るチャレンジングな発想を高めて頂きたいと思います。世界各国には現地の事情に通じた商工会組織がありますし、ジェトロさんも心強い水先案内人です。私が居たような総合商社と組んで、有力で信頼に足る現地パートナーと組むことも有効な攻め口だと思います。世界には日本人が長年築き上げてきたノウハウが沢山有りますので、色々相談して頂ければと思います。

「障子を開けてみよ、外は広いぞ」は豊田佐吉翁の名言です。大正時代に社内の反対を押し切って上海に工場を設立した豊田織機から今のトヨタ自動車が生まれたのです。

最後に、若手を励ます際によく使う言葉を申し添えます。

「3つの大切なty Curiosity Agility Flexibility。これにpassionとWillが有れば必ず道は開ける」

「Where there is a will, there is a way 意思の有る処に道は通ず。為せば成る。」

「諦めない心」「勝負は紙一重」これは本音。営業部長、室長時代に良く言っていた言葉です。

「志を高く、目線を正しく」三井物産時代のValuesの中で大切にしていた言葉です。

ー 須毛原

非常に心に響くお言葉をいただき、これから海外進出をめざす日本企業の皆様への励ましとして届くことと思います。

本日は、お忙しい中、長時間にわたり貴重なお話をいただきありがとうございました。

対談を終えて

今回のテーマ「海外事業の楽しさと難しさ」、「中国、台湾でのビジネスについて」、「企業のグローバル化と人材戦略」は、とても幅広いものでしたが、小野さんの豊かな経験に基づく非常に具体的かつ実践的なお話は、とても理解しやすく有益でした。

海外事業の楽しさと難しさについては、私自身の経験と重なる部分も多く、共感を以って伺いました。また、メディアでは中国や台湾に関する一面的な見解が多く見られますが、小野さんからのお話で、それらの地域が持つ別の側面を知ることができました。

さらに特に印象的だったのは、「諦めない心」の重要性について、紙面の都合上掲載されていない部分においても繰り返し語られた点です。三井物産のような業界トップクラスの商社でも、コツコツとした活動の積み重ねが最終的な成果に繋がるということを改めて実感しました。

今後、海外展開を目指す企業の方々には、「高い志を持ち、正しい視点を忘れず、諦めない心で粘り強く取り組む」ことで、新しい可能性の道が開かれるのではないかと考えます。

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