【特別企画】社長対談

「中国との出会いと現在の中国」
拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授 Vol.1(全3回) 2024.04.09

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株式会社SUGENA代表須毛原 勲が多彩なゲストと様々なテーマで語りあう、対談企画第5回のゲストには、拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授をお招きしてお話を伺います。

【特別企画】社長対談 ゲスト富坂聰(とみさかさとし)

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年、愛知県生まれ。
台湾を経て北京に留学。1988年北京大学中文系を中退し帰国。『週刊ポスト』、『週刊文春』の記者を経て独立。
1994年、『龍の伝人たち』(小学館)で第1回国際ノンフィクション対象優秀作を受賞。著書に、『中国という大難』(新潮文庫)、『潜入』(文春文庫)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル』(ウェッジ)、『習近平の闘い』(角川新書)、『反中亡国論』(ビジネス社)などがある。

富坂聰さん
  1. Vol.1「中国との出会いと現在の中国」拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授Vol.1
  2. Vol.2「台湾問題・米中関係の新局面」拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授Vol.2
  3. Vol.3「中国とのつきあい方」拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授Vol.3

ー 須毛原

『社長対談』今回のゲストは、拓殖大学海外事情研究所 富坂聰教授をお迎えしました。

富坂先生は、中国に関する著作を数多く発表され、中国事情の専門ジャーナリストとして広く知られていらっしゃいます。

先日(2024年3月5日から11日)、中国で「全人代(全国人民代表大会)」が開催されました。通常ならば全人代閉幕後に首相による記者会見が行われますが、「今年は閉幕後の首相会見は行われず、特別な事情がない限り来年以降も行われない」との発表があり、習近平政権への権力集中が一層進むのかといった憶測が広がりました。実際には会見が行われないことに関して大きく報道されたのは韓国と日本だけ、といった取り上げられ方だったようですが。

日本では多くのメディアが中国の政治状況を報じていますが、総じて中国に対するネガティブな報道が目立ち、その実態が捉えづらい状況にあります。 本日は、中国の専門家でいらっしゃる富坂先生に、様々なお話を伺わせていただきたいと思います。

40年間中国を見てきて

ー 須毛原

先ほど私の方から簡単に富坂先生のご紹介をさせていただきましたが、改めて自己紹介をお願いできますでしょうか。 また、どのような経緯で富坂先生が中国と関わりを持つようになったのかについてもお聞かせいただければと思います。

ー 富坂

私の中国との関わりの入り口は実は台湾でした。1980年に16歳の時に台湾に留学し、一度日本に戻りましたがタッチアンドゴーで北京に行き北京大学に入学しました。

ー 須毛原

16歳で台湾へ行かれた動機は何だったのですか?

ー 富坂

私は日本の高校が合わなくて外国に行きたいと思ったのですが、その時は特に中華圏に思い入れがあったわけではなくて、小説家になりたかったということで、ひとと同じではだめだ、唯一無二の体験をしたいという気持ちがありました。

北京へ留学してからも小説ばかりを読む生活でしたが、ある時、開高健氏の「夏の闇」という小説を読み、その中の田中少年がふらっと朝日新聞のベトナム支局に現れてアルバイトをし、ふらっと消えた、という記述があり、そういうこともできるのかと思い、私もふらっと共同通信の北京支局を訪ねました。そこで一度は門前払いを食らいましたが、辺見庸さんに「取材をしてみないか」と言われ、そこからジャーナリズムの世界に入りました。それからちょうど40年の取材歴になります。 その後、1986年にいわゆる最初の民主化デモが起こり、3回のデモを経て胡耀邦さんが失脚するという結果になりました。そもそも学生たちが胡耀邦さんを応援するということで始めたデモが結果的に胡耀邦さんの首を切ってしまうという非常に皮肉な結果となりましたが、このデモが私が中国に興味を持ったきっかけとなりました。

ー 須毛原

その頃から現在までずっと中国の経済成長や移り変わりをご覧になってきたわけですね。

ー 富坂

そうですね。ですから、例えば日本人の中国観がものすごく変わったことも見てきました。当時は、物質文明に毒された日本人と違ってある意味貧しいが目が輝いている中国人、といったオリエンタリズムのようなものを中国人に対して抱いているような日本人もいました。それが今日では中国というだけで全否定のような風潮もありますので、極端なものを見せられた40年だったと思います。

実は取材の門戸を拡げている中国政府

ー 須毛原

中国という国の変遷をずっとご覧になっていらっしゃった富坂先生ですが、この3月に開催された全人代(全国人民代表大会)についてはどのようなご感想をお持ちでしょうか。

ー 富坂

日本では李強首相の記者会見が無くなったということが大きく取り沙汰されましたが、それでダメージを受ける国とそうでない国がはっきりしていると思います。日本は今までの土壌から首相の会見があるから記事が書きやすかったので、それが無くなると画竜点睛を欠くというようなことになってしまうということでかなり慌てたと思います。しかし、記者会見という情報発信という意味では、実は手厚くなっています。

どういうことかというと、大きな会見は期間中3回やっていますし、ネットを通じた取材もでき、更に、日本でいう「ぶら下がり」取材も大臣を呼び止めてできます。 つまり、各論に具体的な質問を持っている記者にとっては首相会見の有無は大きな問題ではなく、日本のメディアの場合往々にして各論に質問を持っていないということで、こういった首相会見以外の取材の場が生かしきれなかったということが本当のところではないかと私は思っています。ある意味メディアの実力が問われたのではないでしょうか。

ー 須毛原

なるほど。私も首相会見が無いのは事実として一つの変化なのは確かだとは思いますが、それを習近平氏への権力の一極集中だということにすぐに結びつけるのは余りにも短絡的ではないかと感じていました。

中国の景気停滞の見通しは

ー 須毛原

全人代で、李強首相は今年の経済成長目標を「5%前後」と表明しました。経済協力開発機構(OECD)が4.7%、国際通貨基金(IMF)が4.6%、世界銀行が4.5%と中国の2024年の経済成長を予測する中でこの目標が設定されたわけですが、不動産市場の低迷が長引くなど明るい材料は乏しく、5%の達成は厳しいとの見方もあります。これについては、どのようにお考えでしょうか。また、5%の達成に向けてどのような対策が必要だとお考えでしょうか。

ー 富坂

実際、個人消費、不動産、第三次産業は良くないというのは事実だと思います。それに加えて、これは中国自体の問題ではありませんが輸出が振るわない。それは、ヨーロッパやアメリカなどの輸出先国の経済的な問題から起因しています。

しかし、中国はここ数年ずっと生みの苦しみを抱えてきていて、特に2016年頃からバブルに対する警戒を以ってそこに対策を打ってきていました。良くなかったのは、やはりコロナで、私は今の経済低迷はコロナ後遺症だとみています。しばらく寝ていた人が急に良いパフォーマンスで動けるわけはなく、これはしばらくかかるだろうと思っています。

けれども、中国には第二次産業のベースがあり、例えば宇宙産業やロボットなど新しいものや、造船・鉄鋼のようなものが残っています。この点はアメリカや日本のように製造業の空洞化が進んでしまった国とは大きな違いだと思います。

そういったアメリカや日本が進んだ道による痛みを最小限に抑えるべく対策し、不動産に代わる新たな発展のエンジンとして個人消費をすごくあてにしていたところのコロナでしたので、ダメージは大きかったと思います。コロナの影響はものすごく大きく、貯蓄率が高いまま推移しています。貯蓄に対するエネルギーが消費に切り替わらない状況です。

そういった不安要素はある中、大型景気対策は出さないが経済成長率5%は何とか達成するよ、というメッセージだったと私は思っています。 李強首相がダボス会議でいみじくも言った「長期的なリスクを抱えて短期的な利益を取りに行くということをしない」ということの表れだと思います。

リージャススクエア代官山にて対談を実施。

16歳から40年以上にわたって中華圏を見て来られた富坂先生。肌で感じられてきた中国の移り変わりにはまさに隔世の感があるのではないでしょうか。我々が報道などを通じて見たり感じたりしている中国とはひと味違う捉え方をなさっていらっしゃる富坂先生に、次回は「台湾有事・米中関係の新局面」をテーマにお話を伺います。

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