「“家族のようなロボット”は万国共通ではない。グローバルスタンダードの追求と2050年への展望。」
新・社長対談第4回 早稲田大学理工学術院教授 菅野 重樹 氏Vol.6(全6回) 2026.10.13

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早稲田大学理工学術院教授の菅野重樹先生にお話を伺う第6回。

最終回はロボット産業が直面するグローバル化への戦略と菅野教授が描く2050年への展望、座右の銘などを伺います。

「“家族のようなロボット”は万国共通ではない。グローバルスタンダードの追求と2050年への展望。」

菅野重樹 (Shigeki Sugano)

1981年早稲田大学理工学部機械工学科卒業。修士、博士課程を経て1986年早稲田大学助手。専任講師、助教授を経て1998年より教授。工学博士。
現在、早稲田大学理工学術院創造理工学部総合機械工学科教授。2014~2020年早稲田大学理工学術院創造理工学部長兼研究科長。2020~2024年早稲田大学理工学術院長。2025年より早稲田大学次世代ロボット研究機構機構長。人共存ロボット、機械における心の発生などの研究に従事。
2017年文部科学大臣表彰科学技術賞。2024年立石賞。2017年計測自動制御学会会長。
2023~2024年日本ロボット学会会長。
2026年よりバイオメカニズム学会会長。
IEEE、日本機械学会、計測自動制御学会、日本ロボット学会のフェロー。

菅野 重樹氏
  1. Vol.1「憧れから始まりロボット研究の最前線へ。」
  2. Vol.2「ロボット研究は究極の人間学。“人を支援するロボット”を追い続ける。」
  3. Vol.3「人と共存できるロボットの本質は“人に合わせる”こと。AIRECの“E”に込められた意味」
  4. Vol.4「ロボットに心は生まれるのか。『鉄腕アトム』に見る日本文化とロボットの親和性」
  5. Vol.5「生成AIの急速な進化と、フィジカルAIの未来。」
  6. Vol.6「“家族のようなロボット”は万国共通ではない。グローバルスタンダードの追求と2050年への展望」

究極のグローバルスタンダードを目指して

ー 須毛原

先生が8年前に吉藤オリィさん(※)と対談されていた記事を読ませていただきました。対談では「ロボットは家族になれるか」「人を癒せるか」ということを論じておられましたが、あの頃に先生がご発言されたことと、8年後の今で考え方が変わったなどはありますでしょうか。

(※)吉藤オリィ:株式会社オリィ研究所代表の吉藤健太朗氏。コミュニケーションロボット「OriHime」開発者。

ー 菅野

変わらないですね。やはり人と競争するロボットとか、人間機械論とか、そういう大元の考え方は変わらないですから。

ー 須毛原

考え方が固まったのは相当前でしょうか。20代とか。

ー 菅野

そうですね。20代の頃は新しいロボットを作るための技術的な部分をどうするかということに専念していましたが、それだけで大変で。その後、学位論文をとって早稲田の専任教員になったのが31の時かな。ですから30代になって研究室を持って、いろいろ学生とディスカッションするようになり、講義でもそういう知能機械学のテーマを扱い、ロボットってどう考えればいいのかということを自分も考えるようになって変わっていったんだと思います。ただいずれにしても、30代は研究をがむしゃらにやっている時なので、とにかく人に合わせられるロボット、柔らかいロボットなどはどうやって作ればいいんだ、という技術的なところにかなり専念していたと思いますよ。

ー 須毛原

柔らかい、というのが持ち方とか、最終的には皮膚的な話まで行くんですよね。あれもちょっとびっくりしました、皮膚を自己修復できるっていう。

ー 菅野

そうですね、自己修復とかは究極ですよね。それが生きていくっていう話とね。

ー 須毛原

正直、想像を超えていました。そこまで先生が目指していらっしゃることが。AIRECが目指しているのは家事から介護、看護、手術を1台でこなし、一生を寄り添うということで、最終的に先生が目指されているのは、AIRECが家族のような存在になるということですか。

ー 菅野

実は世界中にAIRECを広めようと思った時には、必ずしも家族と言わない方がいい場合もあります。やはり文化が違うと、ロボットに対する見方が違うんです。日本では家族みたいな、という言い方をよくしますが、ヨーロッパではあまりしない方がいい、という場合もあります。

ー 須毛原

宗教的な意味合いですか。

ー 菅野

やはりロボットは単なる道具であるという意味合いが強かったりして、あまり自分の生活に入り込んでほしくないみたいな、そういうイメージもあるんですよ。そこは文化の違いで相当違うんですね。産業ロボットは今や世界中で動いていますからいいですが、人に近いという話になった途端に、人によっては嫌悪感を抱くこともあります。もちろん「超高齢化社会のことを考えれば絶対必要だね」という意見もありますが、どういう関係性を持つかというところは結構難しい。おっしゃられたように宗教的な意味合いもありますよね。

八百万の神ではないけれど、日本は全然問題ないです。韓国とか中国の一部、北東アジアの地域、儒教の影響が強いところはアニミズムとか感情移入が結構あるので。ヨーロッパは絶対無いし、アメリカも無いですからね。感情移入するような道具ってありえないんですよ。そうすると家族にはならないじゃないですか。

ー 須毛原

すごいチャレンジですね、それは。今、多様性とかいろいろなことが言われていますが、究極のグローバルスタンダードを、宗教とか歴史とか国境とか超えて、もしかしたら全てを超えて必要とされるものを作ろうとされている。

ー 菅野

なので、社会受容性をちゃんと考えてロボットを作ろうということで、ムーンショットも変わろうとしています。社会受容性を考えるチームを作ったのはそういうことです。早稲田の高橋利枝先生がPMになっている「研究開発項目4 スマートロボットの実用化方策」。社会実装で、研究開発項目が4つあるんですよ。1つがハードウェア中心で、1つはAI中心、もう1つが医療福祉のアプリケーションで、もう1つが社会受容性なんです。で、社会受容性のチームは社会学とか、法律とか。それでイギリスなどで調査をしたりしています。イギリスには執事がいる。執事みたいな存在だったらいいけれど、それ以上は入り込んでほしくない、という意見があるんです。だから、やはり文化によって違うわけですよ。究極、イスラムだと偶像崇拝禁止だから、ヒューマンロボットは受け入れられないのでは、という話もありますし。宗教者がOKと言えばOKだという話もありますが。

ー 須毛原

それこそスマホでゲームを選択するように、最初に宗教的なバックグラウンドをイスラム圏とかキリスト教圏とか選んで、ロボットの設定が変わってくるような、そういう世界を。

ー 菅野

突き詰めれば、現場で会話やコミュニケーション、仕草とかそういうのを学習させる必要があるのかなという話はあります。その社会独自のマナーみたいなのもありますから。

ー 須毛原

私も中国に13年いて、結論として中国人と日本人は違うと思っています。儒教のバックグラウンドが似ているところは多分にあるんですけれど、お作法が違うんです。仕事の仕方、話し方、私語の“てにをは”、総じて言えば、“お作法”。その違いを知って、違うということを理解して、そのお作法の違いには、触れないようにしたりしないとやはり問題になりますよね。多分ロボットに関しても日本人にとっては受け入れやすい、どうでもいいことでも、違う国ではすごく気にするとか。

ー 菅野

そうなんですよね、考えないと。要するに日本の中だけでロボットが広まってもしょうがないので。それこそ経産省ではないですが、ビジネスとして成立させるんだったら、世界中で受け入れてもらわなきゃいけない。ガラパゴスじゃまずいわけですよ。

ー 須毛原

まさに、島国日本の最大の問題ですね。私はずっとグローバル化をテーマとしてやっていますが、企業がグローバル化できない最大の問題は日本人がグローバル化していないことだと思っています。だから今の先生のお話からグローバルを目指すのはまさにその通りだなと思います。グローバルを受け入れなければ、結局数にいかないんですよね。数にいかなければ普及しないし、規模に繋がらない、結局いつかは淘汰されてしまう。

ー 菅野

とにかく世界でどう戦うかと言った時に、やはりグローバルスタンダードというか、デファクトになるようなものが日本から出せれば強いかもしれない。そのためにはちゃんと社会受容性なども考えた形で提供しないといけないと考えています。

ー 須毛原

グローバルで勝つにはコストや機能もありますが、実は繊細さも必要なんですよね。

フィジカルAIに世界が熱狂する今だからこそ、本質を見極める

ー 須毛原

私自身はフィジカルAIをいろいろと見てきた中で、やはり中国の台頭というのがものすごく、もちろんアメリカは先進国で一番進んでいると思いますが、アメリカや中国のロボット産業についてどのように見てらっしゃるのでしょうか。

ー 菅野

やはりアメリカの底力は強いですよね。その一番の理由は民間企業に力があるからですね。中国は中国政府がお金を地方に支給して、地方の政府にスタートアップ企業をたくさん作らせて、アメリカに負けないように「ロボット作れ」「AIをやれ」みたいに言って、それで国内で競わせてるわけですよね。
とにかく資金を大量に投入しているから、それでたくさんスタートアップ企業ができて、どんどんロボットはできるし、すごいですよね。もともと人件費が要因かもしれませんが、安くものが作れるので、なんだかんだ言っても安く作れるのは強い。

ただ先ほど申し上げたように、本当にニーズがある、今後の展開が見込めるロボットを作っているかどうかは、まだクエスチョンマークだと思います。いずれにしても、お金が集まったからみんなが一生懸命やっている。もちろん深圳なんかはすごく発展していますが、機械産業とかロボット産業で進んでいるというよりは、どちらかというと情報系とかAI系。フィジカルAIで深圳がすごくなっているとは、私はあまり思わないです。

確かにロボットはたくさんできていますが、できているだけであって、どのロボットもみんな同じですし。結局ドローンのモーター、 QDD(Quasi Direct Drive:準ダイレクトドライブ)という小型でパワーが出るモーターを使うと、すごく柔らかく動けるので、飛んだり、跳ねたりできる。それは確かにすごくよくできていますが、所詮そのレベル。まだ作業という段階には全然いっていない。それに対してアメリカは企業が主体となって、具体的な作業現場も捉えて、「工場などで動けますよ」ということはそれなりに示している。だからそこに対して、日本がどういう風に進めばいいのかというところはちゃんと考えないと。

ー 須毛原

アメリカや中国がすごいといっても、何がどうすごいのかをきちんと理解せずに、闇雲に「そこに負けちゃいけない」というのでは、無策すぎると私も思います。

国籍問わず世界に羽ばたく教え子たち

ー 須毛原

先生の教え子さんの許晋誠さんが、いま深圳でパシーニ・テック(PaXini Tech)(※)という企業を立ち上げて触覚センサーの最前線に立たれておられますが、そちらはどのようにお考えですか。

(※)帕西尼感知科技(PaXini Tech)2021年設立、拠点:深圳

ー 菅野

OBは活躍している人も多いし、中国の留学生は多かったですからね。最近は私の定年も近いのでほとんど受け入れていませんが。

ー 須毛原

ちょっと乱暴な言い方かもしれないですが、中国の製造業って日本の技術で成長したんですよね。最初は全然駄目だったものを日本の人間が教えて成長した。日本の力がそうやって他の国を強くして貢献していると思うか、日本の技術を取られたと思うか、考え方には依るとは思いますが、私は日本の技術が他の国の成長に貢献するというのは、もちろん日本が勝ち続ける前提の上で、悪いことではないと思うんです。

ー 菅野

誠君(許晋誠氏)はセンサー系で成功していますが、最近の新しい技術では医療用のロボットを、張君(※)という卒業生が私の研究室で研究開発をやっていて、やはり起業して日本だけではなく中国の会社も作っています。実はもうその辺り、早稲田のOB軍団というのが中国にも結構いて。日本に今いる張君が仕切って連携をとっていて、医療ロボット分野でも結構新しい技術なので、日本で研究して中国に持っていって、ということはやっているので、もうしばらくすると出てくると思います。

(※)張 博氏:早稲田大学菅野研究室主任研究員(研究院准教授)

ー 須毛原

教え子さんの活躍は、先生にとっても誇らしいことですね。

ー 菅野

応援していますからね。早稲田は活躍している教員は結構いますし、早稲田発のベンチャーも多いですし、いろいろなロボットが広まるというのはすごく素晴らしいことですし、やはり中国でマーケットを取れると大きいですからね、むちゃくちゃ大きいですから。

ー 須毛原

今の日本と中国は政治面ではいろいろと厳しいですが、政治は政治で、私たちは嫌いとか嫌いじゃないとかではないと思います。先生の教え子さんたちが日本に対して貢献するかもしれないし、経済活動ってそうかなと思うんですよね。

ー 菅野

学会で中国に行ったりしますが、我々の間では関係性は何にも悪くないですから。政治の世界と我々の仲間との関係は全然違いますよ。お互いに行き来していますし、中国でも会社を作ってやっていますし、彼らが日本に来て何かできないかっていうと、一緒にやっています。そこはここ10年、20年で私の感覚としては何も変わっていません。政治の世界はいろいろありますけれど。

ー 須毛原

研究を通して、先生ご自身の考え方がグローバル化されて、例えば今お話された許晋誠さんのことも「彼の国籍って中国だったんだ」みたいな感覚で、別にあまり考えない。

ー 菅野

考えないですね。私の研究室に留学してくる人達も、みんな日本語が相当ペラペラになってきました。コミュニケーションも全然問題ありませんし。

座右の銘は「前進」。2050年に思い描く世界に向かって

ー 須毛原

対談の最後に、先生の座右の銘を教えていただけますでしょうか。

ー 菅野

座右の銘って特に無いのですが、何か聞かれるとモットーというのかな、「前進」と答えています。前へ進む。とにかく前へ進む。基本的に私は楽観主義者で、一生懸命きっちりやって、とにかく前を向いて進んでいけばいい結果になるはずだと信じています。

ー 須毛原

今日のお話を聞いていて、それをひしひしと感じます。

最後の質問ですが、先生の夢をお聞かせいただけますでしょうか。AIRECが目指す2050年以降、その頃先生は92歳になられると思いますが、先生が見たい世界はどういったものでしょうか。

ー 菅野

2050年というのはかなり先ですが、我々の目標としては、AIRECが世界中に広まるというのは2040年くらいに見えていないと駄目だと思っています。ですから、これからの5年がまず大きな勝負。ここで主導権を取れて、その後2040年に向けて今度は日本の企業がアメリカと同じようにきっちり作って、とにかく広めるというようになれば、2040年には勝負がついていると思います。なので、2050年には普通にロボットはそこら中にいて。

それよりも私としては、「海外旅行するのにもっと早く飛べないかな」とか、「リニアはできているしその次の新幹線がどのくらいの速さで行くか」そちらの方が気になりますね。むしろ他の周りのインフラというのかな、取り巻きのいろいろな技術がどう進んでいるかのほうが気になります。

ー 須毛原

ロボットには確信があるんですね。もう時間の問題だと。

ー 菅野

ロボットは時間の問題ですよね。なんとなくこうやればできそうというのは見えているんです。もちろん課題はたくさんあります。課題はたくさんあるけれど、ものすごく大きなブレイクスルーがあって局面が一気に変わるということはないような気がします。

ー 須毛原

今日お話させていただいて、私も確信しています。絶対に来るだろうなと。それを見たいなとワクワクしています。その時に、AIRECが中心にいるというのが先生の夢と。

ー 菅野

でもその前に、世界的な課題がたくさんあるじゃないですか。それこそエネルギー問題。AIやロボットがどんどん進むのはいいけれども、本当にエネルギーが足りるのかという。少なくとも「カーボンニュートラルはありえないよね」みたいな話に今なっていますし。
ちゃんとロボットが動けるような社会が維持できていればいいなと思いますよ。

ー 須毛原

確かに、重要ですね。データセンターの話にしても、やはりエネルギー問題に必ずなりますし。それこそイーロン・マスクも、宇宙にデータセンターを作るという話をしていますが。

ー 菅野

データセンターはどこにでも作れると思いますが、冷却が問題ですね。温暖化の影響があるから、このまま地上でやっているとまずいんじゃないの、という。

ー 須毛原

今日は、長時間、多岐にわたってお話をお聞かせいただきありがとうございました。
子どもの頃感じた、ロボットに対するワクワク感が鮮明に蘇ってきた時間でした。

改めて、日本のフィジカルAIの未来を考える視座をいただきました。
先生のご研究の益々のご発展を楽しみにさせていただきます。ありがとうございました。

対談を終えて

「フィジカルAI」というキーワードを追う中で、ぜひ菅野先生にお話を伺いたいと思い、無理を承知で対談をお願いしたところ、快くお引き受けいただきました。

お話を伺う中で、菅野先生が目指しておられる「人に寄り添うロボット」の構想のすごさと、その志の高さに、強く圧倒されました。

現在、ヒューマノイドロボット分野では、Teslaをはじめとする米国企業、そしてUnitree、Agibot、DeepRoboticsといった中国企業の台頭がメディアでも盛んに報じられています。そしてその論調は決まって「日本は大丈夫なのか」という問いに収斂されています。

菅野先生が描かれるロボットの究極の姿の実現と、その過程で変わりゆく市場環境の中で、日本企業はどのようにして生き残っていくべきなのか――今まさに、その分水嶺に私たちは立っているのだと感じました。

対談は予定を大幅に超え2時間近くに及び、さらに菅野先生ご自身が、AIRECがさまざまな現場作業のデータ収集に使っているロボットを丁寧にご案内くださいました。

私にとって、本当に心躍るひとときでした。
改めて、心から感謝申し上げます。

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