早稲田大学理工学術院教授の菅野重樹先生にお話を伺う第3回。
今回は、菅野先生の恩師であり、日本のロボット工学の礎を築いた加藤一郎先生との出会い、人と共存できるロボットの本質についてお聞きします。

菅野重樹 (Shigeki Sugano)
1981年早稲田大学理工学部機械工学科卒業。修士、博士課程を経て1986年早稲田大学助手。専任講師、助教授を経て1998年より教授。工学博士。
現在、早稲田大学理工学術院創造理工学部総合機械工学科教授。2014~2020年早稲田大学理工学術院創造理工学部長兼研究科長。2020~2024年早稲田大学理工学術院長。2025年より早稲田大学次世代ロボット研究機構機構長。人共存ロボット、機械における心の発生などの研究に従事。
2017年文部科学大臣表彰科学技術賞。2024年立石賞。2017年計測自動制御学会会長。
2023~2024年日本ロボット学会会長。
2026年よりバイオメカニズム学会会長。
IEEE、日本機械学会、計測自動制御学会、日本ロボット学会のフェロー。

- Vol.1「憧れから始まりロボット研究の最前線へ。」
- Vol.2「ロボット研究は究極の人間学。“人を支援するロボット”を追い続ける。」
- Vol.3「人と共存できるロボットの本質は“人に合わせる”こと。AIRECの“E”に込められた意味」
- Vol.4「ロボットに心は生まれるのか。『鉄腕アトム』に見る日本文化とロボットの親和性」(2026年9月29日公開予定)
- Vol.5「生成AIの急速な進化と、フィジカルAIの未来。」(2026年10月6日公開予定)
- Vol.6「“家族のようなロボット”は万国共通ではない。グローバルスタンダードの追求と2050年への展望」(2026年10月13日公開予定)
恩師の言葉で博士課程に。人と共存するロボットへの道。
ー 須毛原
話は遡って、先生の原点についてのお話を。先生は、日本のロボット工学の礎を築いた加藤一郎先生を知り、ロボットに興味を持たれたわけですが、研究者としてこの仕事を一生の仕事にされようと思った瞬間などはありますか。
ー 菅野
一番大きいのは、早稲田に入って加藤先生の研究室に入れて、大学院に進学して2年になり、その後の就職などを考え始めた時に、加藤先生から「ドクター(博士課程)に行かないか」と言われたんですよ。それはやはり大きなきっかけでしたね。
ー 須毛原
それは研究生の中で唯一声をかけられたと。
ー 菅野
そうですね。
ー 須毛原
それは素晴らしいです。そこで選ばれて。
ー 菅野
当時は大学の修士課程に進む人も多くなく、ドクターにはもうほとんど行かずという状況で、ドクターに行くとほとんど大学の教員になる道を選ぶような感じでしたね。今は私の研究室だと毎年修士課程は10人くらいずついますから、大学院生だけで20人くらいになる。そこにドクターもいてスタッフもいますから、私の研究室にはとんでもない人数がいるんですが。
私のきっかけは、就職を考えた時期に加藤先生が声をかけてくださったので、じゃあ行こうかなと。当時しかも、ちょうど鍵盤楽器演奏ロボットの研究が始まったところだったんです。
ー 須毛原
つくば科学万博で演奏したあのロボットですね。

ー 菅野
私が修士課程1年生の時から研究が始まったんです。学部4年生の時は義足の研究をやっていたんですが、修士1年になったときに、鍵盤楽器演奏ロボット、というよりもWABOT2号を作ろうという話が立ち上がりました。あれは加藤研究室だけではなくいくつかの研究室の共同研究で、先生たちが集まってディスカッションして、そこに学生も呼ばれてディスカッションして。ちょうど産業用ロボットが広まりつつある時だったんです。1980年くらい。当時、通産省が「ロボット元年」と言ったり、自動車産業にたくさんロボットが入った頃です。
これからはもっと繊細な情報的な仕事ができるロボットが必要になるだろう、となっていた時に、ちょうどたまたま応用物理学科の先生が楽譜を読み取る研究をされていたんです。目的は点字楽譜を作るという、普通の楽譜を読み込ませて、自動的に点字楽譜が出来上がるという研究です。ということは、楽譜が読めるということだと。そこで、鍵盤楽器を演奏するとか、音楽演奏というのはとても情報的なもので、いわゆる産業用のロボットとは全然違う。当然、WABOT1号もそうだったのですが、会話ができるとかそういうのも含まれて。
WABOT1号から10年近く経って、ちょうどマイコン(マイクロコンピュータ)も出始めた頃でした。WABOT1号の時はミニコンで大型のコンピューターがあったんですけれど、ちょうど8ビットマイコン、16ビットマイコンが出始めて。「じゃあ、そういうのを使って小型のロボット作れるよね」という話になって、WABOT2号の構想が出来上がったんです。その話がまとまったのが私が修士1年の時で、鍵盤演奏ロボットを作ろうというのがスタートしました。それをやり始めて修士2年になって、それなりに指を作って手を作って、というのをやっていたんですね。その頃に加藤先生としては「ちゃんとそれを完成させたいから、ちゃんと見てよ」という意味もあったと思いますけど、「ドクターに行きませんか」「行くといいと思うよ」と声をかけてくださいました。
ー 須毛原
WABOT2号は構想から最後まで関わられたということですか。
ー 菅野
そうですね、私の学位論文もWABOT2号ですから。
ー 須毛原
もう、自分の子どもみたいな感じですね。
ー 菅野
学生時代はもうこのWABOT2号が全てという感じで。
WABOT1号は1973年。WABOT2号は1984年に発表したんですが、1980年くらいに始まった話、つくば万博が1985年ですけれど。その後のWENDYは1999年。当時加藤研でドクターに行ったのは3人で、1人は義足をやられていて、もう1人は二足歩行ロボットの研究をされている高西淳夫先生。高西先生は私の二つ上なんですがドクターに残って、私は鍵盤演奏ロボットの関連から人と共存するロボットをやり、高西先生は二足歩行ロボットをやっていたんですね。WABOT2号は単に演奏するだけではなくて、歌声に合わせて伴奏するという機能を持っていたんです。加藤先生が「これからの人と共存するロボットというのは、人に合わせることが必要である」ということを仰っていて、まさにそれだなと。『鉄腕アトム』でも何でもそうですけど、人にいかに合わせられるかというところがポイントだと。
ー 須毛原
「人にあわせる」、すごいですね。本当に。
ー 菅野
私はヒューマノイドというよりは、人と共存できるロボットの研究をそれ以来ずっと続けているんですね。
そこからまたずっと後になってTWENDY-ONE(※)が出るんですが。
(※)TWENDY-ONE:2007年に開発された人間共存ロボット。家事支援、介助支援を実現。
ー 須毛原
それがAIRECにもつながってくるのですね。
AIRECのEは「Embrace=抱きしめる」のE

ー 須毛原
先生にとっては当たり前かと思うのですが、ずっとメーカーでやってきた私としては、人と共存、人に寄り添うというのがすごいと思います。
AIRECって何かなと最初に調べた時に、「AI-driven」のロボット。その後に「Embrace」という言葉を使っていることに驚きました。
※AIREC(AI-driven Robot for Embrace and Care)
ー 菅野
これはね、ムーンショットで一緒にやっている、当時女子医大におられた外科医の村垣善浩先生(※)、ゴッドハンドと言われる脳外科の先生なんですが、その先生といろいろ相談をしている時に、「Embraceという言葉を使いましょう」と提案されたんです。まさにお医者さんからの発想なんですよ。
(※)村垣善浩先生:神戸大学 大学院医学系研究科教授
ー 須毛原
そっちから来るわけですか。メーカーにはありえない発想ですよ。この言葉をビジネスシーンで、私、自分で使ったことは1回もないです。
ー 菅野
普通は無いと思います。
ー 須毛原
最初にAIRECを知ったときに、AIRECのAIは絶対にAIだなというのは分かりました。でも「E」って何だろうって、答えを見る前にずっと考えていて。
ー 菅野
「エンボディメント(embodiment)」というのも、あり得ますね。
ー 須毛原
エンボディメント、ありますね。中国ではエンボディドAIって、「備える」っていう漢字を書くんです。「具身(ジュースン/jùshēn)」って。
今回の対談に向けていろいろ見させていただいたときに、「Embrace」という言葉を使われていることに一番驚いて且つ感動したのですが、やはり先生のロボット研究開発の本質なのかなというのを、お話をお聞きして改めて思いました。
人と寄り添う、その言葉の具現化としての「Embrace and Care」という。
ー 菅野
人に関わるロボットという研究は、実はそれほど多くはないんですよ。もちろん研究はたくさんあるんです。ヒューマンロボットインタラクションとか、いろいろな言い方がありますし、国際会議も開かれていますし。ただ、本当にリアルにロボットを作って、しかも人を支えられるとか、人に接触できるとか、一緒に作業できるというようなロボットはすごく少ないんです。将来に向けて、人と関わるような機械やロボットのためのヒューマンロボットインタラクションに関する基礎研究だとか、センシングでどういうふうに判断するかとか、そういう基礎研究開発的なものはいろいろありますが。本当にリアルにロボットを作るという話は、実はすごく難しくて。日本でもAIRECみたいなロボットを作っている大学の研究室は無いですよ。しばらく前はありましたけれど、今はほとんど無いです。
ー 須毛原
「Embrace and Care」。ここが北極星のような象徴であると、いろいろなものがすごく高いレベルで上がってくる気がします。作業の効率化というところでは目指せない高みに行く、これは日本の最大の差別化になるんじゃないかと。
ー 菅野
できれば(笑)。それを我々も狙って、AIRECの最新版がデファクトスタンダードになればいいと思っているわけです。
ー 須毛原
ロボットの世界中のグローバルなデファクト、ですか。
ー 菅野
それを狙わないと駄目だと。日本がそこを取れるかどうかが大きなポイントなので、少なくとも中国の今のヒューマノイドタイプのロボットが何でもできるわけではないので。アメリカのロボットは結構大きい。やはり産業用的な要素もあるので。もちろん家庭に入れられますよと言っている会社もありますが、まだ人と触れ合う話は一切ないので。そういう意味では我々の設計の考え方でロボットを作り動かして、AIが入っていれば絶対強いという自信を持っています。

ー 須毛原
私は世界中のたくさんの国で仕事をしてきましたが、日本人であることに誇りを持ってますし、日本人の持っているもの、良さ、人を思う気持ちやある意味強さというものは、他の国の人が持っていない部分も多いと常日頃感じています。
そういった日本人ならではの、感性に関わる部分を先生が目指すところに置いているということで、最終的には他の国とは一線を画することができる気がします。その先にグローバルデファクトになる可能性を感じますね。
ー 菅野
そうですね、先頭を走るというのは結構大事だと思います。すぐに真似されちゃいますしね。
恩師・加藤一郎教授との出会いを通じ、「人と共存するロボット」という道筋を見出した菅野教授。『AIREC』のEは、先生の「ロボット研究は究極の人間学」というお考えから一貫した思いの表現であることに感銘を受けました。
次回は、菅野教授の研究の軸でもあるロボットと「心」、そして漫画『鉄腕アトム』を例に日本文化とロボットの親和性についてお聞きします。
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